かすかに風が吹いていた。
　軽く片頬を撫で、風は踊るように汾(ふん)水(すい)の水面をすり抜けていく。春の柔らかな光を浴びて、雪(せっ)華(か)は生きることの喜びを身体中で感じていた。
　方四里ほどのささやかな草原ではあるが、雪華にとっては、ここほど落ち着ける場所はなかった。そしてここは、父との思い出の場所でもある。宋家村から汾水の左岸にあたるこの草原まで、父は幼い自分を連れて、何度も足を運んだものだった。それが、今ではとても懐かしく感じられる。
　流れに沿って延びる街道との間には、鬱蒼と繁る木々が広がり、汾水のきらめきを隠している。村の人々があまり訪れることのないこの草原を、雪華は輝(き)水(すい)の庭と名づけていた。
　ここで、父は様々なことを語ってくれた。学問のこと、農のこと、商のこと、果ては、人は何のために生きるのかまで。幼い雪華にはむずかしすぎる話ばかりだったが、その時の、父の真摯なまなざしだけは心の中に焼きついている。こうしておだやなか初春の陽射しを浴びていると、あの時の父の声さえ聞こえてきそうだった。