第一部 「蠢動」  -  第一章 「政和三年春」

 南門を出てからそろそろ二刻を過ぎようとしていた。陽は中天を過ぎ、春とはいえ汗ばむほどの陽気だった。嬢さんの傷に障らなければいいが。李逵の心配はそのことにあった。早く九天玄女のところに行って、あの男の手当てを受けさせたかった。三・四度しか会ってはいないが、腕は確かだと李逵は思っている。九天玄女の話では、太医局を出た正式な医師ではないが、(きん)瘡科(そうか)、産科、折傷科(せっしょうか)堪能(たんのう)で、若い頃に太医丞(たいいじょう)(せん)(おつ)に師事したこともあり、小方脈科(しょうほうみゃくか)にまで詳しいということだった。李逵もその男が九天玄女の手の者を手当てするのを見て、並々ならぬ腕であることを認めていた。その男と親しく話したことはあまりなかったが、李逵はなぜか信頼感をいだいていた。九天玄女とは古くからの知り合いで、銭乙に師事出来たのも九天玄女のおかげだと言っていたが、本当のところは分からなかった。九天玄女その人が、そもそもこの世の人とは思えない。そして、その男がただの医師ではないことに、李逵も薄々気づいていた。相当の武の達者。自分と同じくらい。
いや、自分を超える武の達者だと感じていた。その男の名は知らない。ただ、九天玄女はその男を(にゅう)(うん)(りゅう)と呼んでいた。

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