第一部 「蠢動」  -  第一章 「政和三年春」

「これで終わらせる」
 馮湧の強い言葉に、都虞侯の楊佸(ようかつ)は思わず振り返った。
「ここが正念場と」
「たった数十人の賊に、我ら禁軍がいつまでもかかわずらってはおれん」
「確かにその通りですが、奴ら相当にしぶといので、慎重にことを運びませんと」
 楊佸は馮湧をみとめていた。禁軍の指揮官として赴任してきた将軍を、楊佸はこれまで多く見てきた。確かに、時の権力者の引きで禁軍の将軍になったという側面はあるが、まともに武挙を通っており、兵達の訓練にも自ら立ち会っていた。文を重んじ武を軽視する重文軽武の宋という国では、有力な将軍の子弟でさえ、武人にならず文に走っていた。武挙には、科挙に落ちて仕方なく受ける者もいる。軍人らしい軍人が育たないわけだった。楊佸は既に四十を超えている。長年軍とともに生きてきて、もう軍以外の生活は考えられない。将軍に昇る夢は、四十を過ぎた頃に捨てていた。有力者の引きがなければ将軍には昇れない。銅細工職人の家に生まれた楊佸には、賄賂とする金もなかったし、軍需物資の納入に関する不正にも手を染めなかった。

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