第一部 「蠢動」  -  第三章「春雷」

「痛くはないですか」
 楊林が訊いた。
「ええ、大丈夫です」
 曹瑛が答えた。
 曹瑛の両手は後ろ手に縛られ、短弓も矢壺も取り上げられていた。曹瑛が考え出した策だった。荒縄には、すぐ切断出来るようにあらかじめ切れ込みを入れてはいたが、たっぷりと雨を吸った縄は、曹瑛の手首に深く食い込んでいる。切断した時に手が(しび)れていないようにと、楊林は少し縄を緩めた。
「これ以上緩めないでください。(さと)られます」
 曹瑛が言った。
「ですが、時間がかかると血の巡りが悪くなります」
 楊林の想いは、それだけではなかった。たとえ策であっても、曹瑛に縄をかけるのが、どうしても辛いのだ。
「楊林。ここは曹瑛殿に任せることだ。それよりも時が来たらば、遅滞なく縄を切れるように心の準備をしておくことだ」
 楊佸が言った。

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