第一部 「蠢動」  -  第一章 「政和三年春」

 起伏の多い草原を、疾風のような速さで馬は駆け抜けている。その馬上で、聞起は雪華の無事を祈り続けている。朧月にもその心が伝わるのか、聞起を乗せて飛ぶように草原を駆けていた。一日で駆け抜ける。聞起はそう決めていた。朔州までではない。阿骨打の駐屯地までだ。出来ると思ったわけではない。やるしかないと考えたのだ。朧月は並みの馬ではない。百里が限界と言われているが、朧月ならその倍、いやそれ以上走れるはずだ。聞起が選んだ馬だ。そして、ともに育った馬だった。自分よりも信じられる。
 聞起は幼い頃から馬に魅せられていた。賢く、美しく、そして何より、駆ける姿の力強さに。宋家村にいた数頭の馬とは、友と言えるほど心を通わせていた。実際、雪華を除けば馬といる方が心落ち着けて過ごせた。村が賊に襲われた後、残った馬は傷ついた二頭だけだった。怯えて、人が近づくのを許さなかった。聞起は根気よく馬に話しかけ、やがて馬も人への警戒を解いていった。三月ほどで馬が回復した頃、雪華から馬を集めるように言われた。聞起の馬への愛情を、知っていてのことだった。

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