第一部 「蠢動」  -  第一章 「政和三年春」

 陽が落ちてどのくらい経つのだろう。朧月を駆りながら、ふと聞起は思った。もう朔州に入っていた。宋家村から朔州までおよそ三百里。百里毎に休ませたが、そろそろ限界だった。朧月の息が荒くなっている。
 黄玉の家が見えた。いかにも黄玉らしい、簡素だが頑丈そうな家だ。窓から灯りが漏れている。塀くらい立てればいいのに。聞起はそう呟いた。
 着くなり、戸を叩いた。
「黄玉、開けろ。聞起だ」
 戸の向こうで、黄玉の声がした。
「どうした聞起。こんな遅くに」
 いきなり戸が開いて、聞起は家の中につんのめりそうになった。
「大変だ。雪華姉ちゃんが罠に嵌って、太原府に行ってしまった。おまえはすぐに太原府に向かって、姉ちゃんを助けに行くんだ」
 黄玉の(おもて)に、蒼い炎が燃え上がった。

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