第一部 「蠢動」  -  第二章「九天玄女」

 人が近付いて来る気配がした。それは(かす)かなものでしかなかったが、初めての戦で気が昂ぶっていた晁蓋にとって、確かに感じられるほどの気配だった。気配は一つで、思いの(ほか)早く近付いて来た。
「止まれ。どこから来た」
 晁蓋は小声で訊いた。気配に殺気を感じなかったからだった。
 一の木戸の二百歩ほど先にある大木の蔭から、人影が現れた。それは少し戸惑ったように立ち止まっていたが、意を決したように堂々と晁蓋の方に近付いて来た。
 男だった。大柄ではなく、一見華奢(きゃしゃ)な印象さえあった。歩き方に特徴があり、つま先だけで歩いているように見える。そのため、ゆっくり歩いているように見えて、実は意外なほどの早さだった。ぐんぐんと男は晁蓋に近付いて来る。月明かりで男の顔が見えた。四十前後か、もっと上なのかそれとも下なのか、一見しただけではどうも判然としなかった。どこにでもいそうで、どこにもいなさそうな、何か不思議な印象の男だった。男は晁蓋の手前、五歩のところで立ち止まった。

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