第一部 「蠢動」  -  第三章「春雷」

 平真は、一目見た時から男を気に入らなかった。宰相直属の手の者だという。そういう者達がいることは、杜愔から聞いて知っていた。しかし、どうしても嫌いなものは仕方がなかった。その男が、今杜愔に命令していた。腹立たしかった。宰相直属ということが、経略安撫使に命令できるほど偉いのか。そう言って叩き出してやりたかった。
「攻めるのを待てと」
「天候が崩れるまでだ」
 杜愔の言葉に、男が答えた。異様に甲高(かんだか)い声だった。体格は普通だが、腕が異常なほど長い。何よりも男の(かも)しだす気配が、平真には嫌悪感しか覚えさせなかった。全身黒ずくめの胡服(こふく)で、なおかつ顔も墨を塗ったような黒さだった。夜になれば、完全に闇の中に溶け込んでしまいそうだった。

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